로그인第四十話 姉妹
「おはようございます」 赤岩が見世の外に出てくる。
「おはようございます」 梅乃と古峰が挨拶をすると、
「あれ、小夜は?」 赤岩がキョロキョロする。
「小夜はお風呂の準備です。 姐さんの後に先生もどうぞ」
梅乃が笑顔で勧めると、
「僕は梅乃ちゃんたちの後で、貰い湯をするよ」 赤岩が微笑む。
(そうだ、先生には熱い湯はダメだった。 一気に血が昇ってしまう。 その後に血が下がってしまうと倒れてしまうんだった……)
梅乃は現代で言う『ヒートショック』を覚えていた。
完全な医学として知った訳ではなく、よくあ
第 百十三話 里はいずこか 「わぁ~♪」 梅乃は感激していた。 人生で初めて船に乗り、海から見える陸をみて喜んでいる。 「梅乃ちゃん、船は初めてかい?」 大木がニコニコしながら訊くと 「前に小さなタライ船に乗ったことがあります……」 梅乃はケロッと話す。梅乃がタライ船に乗ったのは玲たちに誘拐された時だ。 宴席でその話を聞いた事があった大木は思わず苦笑いになっていく。 (そんな壮絶な経験をアッサリと……) 梅乃が海面を見ていると小さな魚が跳ねている。「大木様、これは何という魚でしょうか?」 梅乃が訊く。 キラキラした眼に大木は思わずドキッとしてしまった。 (いかん…… 梅乃はまだ十五歳じゃないか……) 陸から離れ二日、近衛師団や医師団は顔を青くするようになっていく。 「うえ~っ―」 船酔いである。 「大丈夫ですか?」 梅乃は船で救護にあたった。 「軍艦は揺れるからな…… そのうち慣れるよ」 大木は笑っている。 (医師団は船に乗らないから解るが、兵隊さんも?) 梅乃が首を傾げる。 近衛師団は天皇直轄の陸軍であり、初めて船に乗る者も多かった。 軍医の一人の年配男性がやって来て梅乃に話す。 「これは船酔いと言って、揺れからくるものだ。 数日すれば治まるよ。 それまでは嘔吐や熱が出た
第 百十二話 交換条件 吉原には厳しい季節がやってくる。 「もう十月か…… これじゃ年末や正月の目処《めど》が立たないよ……」 妓楼では嘆き節が聞こえてくる。 その中で、一番の打撃を受けているのが三原屋である。 引手茶屋では勝来の殺人容疑の噂が消えていない。 時折、出てくることで勝来の客は遠のいていった。 (今は我慢だ…… しかし、このまま勝来が沈んでしまったら……) 采にも嫌な妄想が膨らみ始める。 「勝来姐さん、失礼しんす」 梅乃が勝来の部屋に入っていくと勝来の表情は沈んだままで、菖蒲が慰めていた。 「梅乃……」 菖蒲が言葉を漏らす。 梅乃はキョトンとして 「姐さん、なんで暗い顔をしているのです?」 その言葉を聞いた菖蒲は 「お前、なんで そんな事が言えるんだい? 勝来が殺人者の扱いをされていると言うのに……」 菖蒲が憤っている。梅乃は決して空気が読めない訳ではない。 「でも、疑いは晴れたじゃないですか…… 私だって何もしていなくても『死神』と呼ばれていましたから……」 梅乃がケロッと話す。 当時は落ち込んでいたが、段々と前向きになれたから言える言葉だった。 「ここまで三原屋を落としてしまった責任があるからさ……」 勝来が言葉を漏らすと
第 百十一話 耐え難きを耐え吉原に戻ってくると、静かな雰囲気だった。 昼見世の時間、多くの客は夜の為に品定めをする。 どの娘と遊ぼうか……だ。大見世の客は遊女を替えることはしない。 最後まで選んだ遊女と過ごしていくのが一般的である。 中には金持ちや舞台役者などが顔を見せると、違う遊女を指名することもある。 そんな中、ゆっくりだが三原屋で成績を伸ばしている妓女がいる。 千だ。千は気遣いの達人であり、どの客にも優しく接している。 今までの吉原の風習であれば『女性上位』であり、妓女が嫌がれば簡単に出入り禁止になってしまっていた。吉原の大見世は格式が高く、客は黙ってご機嫌を伺うようになっていた。 その風習に風穴を開けたのが千である。「源八様、着物が破れかかっていますね。 縫ってあげますわ……」千が客の着物の糸がほずれているのを見ると、静かに縫い出す。 客は黙って酒を飲んで待っていた。千は客の顔を識別できない。 遣り手の元で客が支払いをするときに、遣り手が客の名前を呼ぶ。 そうして客の名前を覚えていった。 その為か、千は客の選り好みはしない。 誰にでも平等に接していくうちに、多くの客は千の癒しを求めるようになっていった。 「千姐さんは凄いです」 禿の一花が驚いていると 「せ 千姐さんは気遣いが凄くて、私も勉強になるんだ」 古峰が微笑んで説明している。 昼見世の時間が終わり、多くの客が帰っていく。 千も玄関で見送っていると
第 百十話 容疑 警察署では勝来の取り調べが行われていた。 「お前、花魁だろ! どうして殺したんだ?」 「私は殺していませんし、叩いてもいません」 こうなると取り調べではなく、尋問となっていく。 それは三日間、同じ事を繰り返して警察も勝来も一歩も引かない状態になっていた。 吉原では悪い噂が流れ、三原屋は閑古鳥が鳴くような状況になっていく。 「はぁ……」 采が困った様子になっていくと 「お婆…… 勝来姐さんは大丈夫ですよ。 何もしていないのですから、信じて帰ってくるのを待ちましょう」 梅乃は心労の采をなだめていく。 「では、行ってまいります」 小夜が元気な声を出すと、後ろに梅乃がついていく。 二人は警察署に向かったのだ。 吉原から早歩きで一時間ほど、「遠いな……」 小夜がぼやくと 「もう少し! 私が行った戦場は六時間ほどだったから……」 梅乃はニコニコしながら話す。 「梅乃は元気よね~ 昔から動きまくっていたものね」 そんな話をしていると警察署が見えてくる。 「あった。 ここに勝来姐さんがいる……」 「ごめんください」 今度は梅乃が元気に挨拶をする。 「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」 警察官が訊ねると 「ここに勝来姐さんがいると思うのですが……」 「勝来? あぁ、吉原の女郎か?」 警察官は書類を調べ、容疑者の面会室へと案内する。 待つこと十分。 待合室のドアが開くと 「勝来姐さん!」 梅乃と小夜が声を掛ける。 勝来の顔は疲れていた。 元々が細い顔立ちだが、更に痩せた印象だった。 「大丈夫ですか? ここではどんな事を……?」 小夜が訊くと、勝来は下を向きながら着物の袖をまくる。 そこには無数のアザが出て来た。 梅乃は警察官を見る。 警察官は普通の顔をして勝来を見ていた。 (拷問は当たり前ってことか…… 戦争も同じ、官と呼ばれる者が正義なんだろうな……) 梅乃は黙って警察官を睨む。 「姐さん…… これ、着替えです」 小夜が勝来に着替えを渡す。 「ありがとね」 勝来が受け取ると 「ここで着替えなさい」 警察官が言う。 「ここで? なら、しばし出ておくんなんし……」 「貴様は容疑者だぞ! 犯罪人をそのまま置いておけるか! 早く脱げ」 警察官は悪びれもなく叫ぶ。 勝来は数秒、下を向き “シュ…… ” 帯
第 百九話 伝統 秋になり、外は冷え込んでいた。 そこに二人の女が運ばれてくる。 「早く歩くんだよ!」 縄で縛られ、声も出せないように猿ぐつわをされていた。 これは吉原伝統の拷問である。 中見世の裏側、客も滅多に歩かない場所に大きな木がある。 そこには縄が掛けてあり、女を木に縛っていく。 「それで、誰に言われてやったんだい?」 三原屋の妓女が聞くが、勝来を襲った女たちは答えない。 すると “バシャッ―” 二人の妓女に水を掛ける。 秋が深まり空気が冷えて来た頃には水の冷たさが刺さってくる。。 「早く吐きな! これならどうだい?」 三原屋の妓女が棒を持ち、女たちを叩く。 江戸時代から昔、遊郭では足抜けが多かった。 会所の者が捕まえては妓楼に戻し、その後は三日間の折檻が続いたと言われている。 真冬であれば水を掛け、棒で叩くのは当たり前である。 折檻で死んでいく妓女も少なくなかった。 これは吉原だけでなく、日本の遊郭のしきたりのようなものだった。 今回は花魁への襲撃という悪事に対しての折檻ということになる。 しばらくの折檻が続き、黙ったまま采と洋蘭が見届けていると 「お婆、そのへんで……」 梅乃が止めに入る。 「何を言ってるんだい! 勝来が襲われたんだ。 こんなもんじゃ済まないんだよ」 采の目が厳しくなると、隣の洋蘭が何度も頷く。 厳しかった時代を過ごした二人には当たり前のことだったようだ。
第 百八話 影踏み勝来が引手茶屋から戻ってくると、三原屋では緊張が走った。それは勝来から溢れ出てくる気だ。 顔つきが険しく張った肩、そして普段なら静かで上品に歩くのが勝来なのだが……(間違いなく怒ってる……) 誰もが分かる雰囲気だった。「では、コチラでありんす……」 客を案内する勝来の表情は、表向きは笑顔だが普段から接している者には分かりやすかった。酒宴が始まると勝来は笑顔で接客するも「勝来さん? どうかしました?」 客も異変に気づく。「いいえ、何でもございませんよ……」 素っ気ない対応をすると客は黙ってしまう。「小夜、古峰~」 梅乃が二人を呼ぶ。「梅乃、どうしたの?」「勝来姐さん、戻ってきてから変だった…… 二人で宴席に入って見てきてくれない?」梅乃は遣り手の席から指示をする。 しっかり女将の代行が出来るようになっていた。“スッ――” 小夜が静かに襖を開ける。 客は困惑した表情で勝来に酒を注いでいた。「どうしたんだい? この宴席にお前達が来る所じゃないよ」勝来が厳しめの目で言うと「はい。 しかし、梅乃から言われまして……」「……」
第十五話 恋慕《れんぼ》秋になり、人肌恋しい季節になってきた。これは現代でも変わらないことであろう。「なんか、このままも寂しいわよね……」 と、ある妓女が言う。「このままって?」 「この仕事をして、年季が明けても身請けもなく、最後は河岸見世とか……」多くの妓女の悩みでもある。妓女が身請けをされるのは、花魁クラスである。 稀に中級妓女でも身請けはあるが、ほんの一握りの話しである。この時代にマッチングアプリなんていうものは無く、心を満たされる妓女は、ほぼ存在しない。妓女を身請けするというのは、男性にとっても莫大な金が必要となる。ここで妓女を指名するのは金持ちでも妻帯者が多
第十四話 先制攻撃「お前、何を言っているんだい?」 采が驚いている。「いえ、なんとなく言っただけですが……すみません」 梅乃は、しきりに謝っていた。 采は無言で、そろばん弾きをしていた。「んっ? これは……」 (これは正解かもしれないね……あの子、なんていう事を言いだしたんだ……) その後、三原屋は薬屋を呼んでいた。 「この人数をですね……かしこまりました」 薬屋は頭を下げて、見世を後にしていった。 「ま、まさかお婆……」 梅乃は驚き、采の元へ歩み寄った。 「お前が言ったんじゃないか……」 采はキセルに火をつけた。 梅乃は、こんな事態になると思わなかったが、これは良い
第十三話 忍び寄る猛威三原屋が勝来をトップに据えて三か月。段々と勝来も、自分の立ち位置に慣れてきた頃である。「えっ? 私が?」 菖蒲は驚いていた。菖蒲は中級妓女として二階の部屋を使わせてもらうようになった。つまり出世である。夜の営みなどがある場合は、下女であれば金額も安いため 大座敷にパーテーションを立てての行為であり、横の営みなどが丸聞こえである。しかし、恥ずかしいなどとは言っていられない。 とにかく稼がないといけない立場である。今回、菖蒲が中級妓女になり、二階の部屋が徐々に埋まってきた。これは酒宴の間を含む、部屋数が限られるからだ。ここで、二階を使うのが勝来、信
第十二話 勝来玉菊灯篭が始まり、二日目。「おはようございます」 今日は梅乃より小夜が早起きをしていた。「なんだ、今日は小夜の方が早いんだな」 片山は、掃除をしながら小夜と話していた。「えへへ~ 潤さんこそ、いつも早いですよね♪」 小夜は片山からホウキを受け取り、外を掃いていた。そして誰もが待っていた時間、朝食である。「モグモグ」 小さな音で細かく噛んで食べる小夜に対し、 「ガッ ガッ」と口に流し込んで食べているのが梅乃である。性格も反対である。 オドオドしている小夜に対し、正面から当たっていく梅乃。 そんな二人だが仲がいい。これは “人の法則 ” と、言うのであろうか。